物語の徳を、暮らしへ。八つの徳で整える、40代からの私時間:第5回|忠(ちゅう)× 犬坂毛野「誰に忠実でいるか」

②【生き方・考え方】

40代になってから、
私は「我慢すること」に、
少し違和感を覚えるようになりました。

以前は、
耐えることが大人だと思っていたし、
自分の気持ちを後回しにするのは、
当たり前のことだと感じていました。

でも、
我慢を重ねたあとに残るのは、
達成感よりも、
どこか静かな疲れでした。

そんなときに思い浮かんだのが、
八犬伝の徳目のひとつ、「忠」でした。

忠=従うことではない

「忠」という言葉には、
どこか重たい印象があります。

命令に従うこと。
期待に応えること。
裏切らないこと。

けれど、
犬坂毛野が体現する「忠」は、
盲目的に従う姿ではありません。

自分の意志を持ったうえで、
何を大切にし、
誰に誠実であるかを選ぶこと。

それは、
外から与えられる忠誠ではなく、
内側から決める忠実さ。

40代の今だからこそ、
向き合いたい徳だと感じました。

我慢が当たり前だった過去

振り返ると、
私は長い間、
「我慢できる自分」でいようとしていました。

・空気を乱さないように黙る
・違和感があっても飲み込む
・期待に応えられない自分を責める

それを「忠実さ」だと思っていたのです。

でもそれは、
誰かに忠実であろうとするあまり、
自分を置き去りにしていた状態だったのかもしれません。

私が忠実でいたい相手

40代になって、
ようやく気づきました。

私が一番、
忠実でいるべき相手は、
他の誰でもなく、
自分自身だったということに。

体が発するサイン。
心が感じる違和感。
「本当はこうしたい」という小さな声。

それらに嘘をつかないこと。
見ないふりをしないこと。

それが、
今の私にとっての「忠」でした。

自分を裏切らなくなって起きた変化

自分に忠実でいると決めてから、
すべてが楽になったわけではありません。

ときには、
断ることに勇気が必要だったり、
周囲とペースが合わないと感じることもあります。

それでも、
心の奥に残る感覚は、以前と違います。

無理をしていない。
納得して選んでいる。
自分を裏切っていない。

その感覚があるだけで、
心はずいぶん安定しました。

忠は心の安定を生む

忠とは、
自分を縛る徳ではありません。

誰かの期待に応え続けるためのものでも、
我慢を正当化する言葉でもない。

本当の忠は、
自分の内側に軸を持ち、
そこから選択する力。

40代の今、
その軸が少しずつ育ってきたことを、
私は静かに実感しています。

まとめにかえて

忠とは、
「誰のために生きるか」を問う徳。

そして40代の私は、
「自分に嘘をつかない」ことを、
忠実でいると決めました。

八犬伝の物語に描かれた徳は、
立派で完璧な人になるための教えではなく、
人生の折り返し地点で、
自分に戻るための道しるべ。

物語の徳を、暮らしへ。
40代からの私時間は、
外に向かう忠誠ではなく、
内側への誠実さとともに、
整えていけたらと思います。

それが、
今の私にとっての「忠」です。

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