江戸の北斗七星に学ぶ、40代からの暮らしの配置学【第4回】愛宕神社(高所・俯瞰)― 一段上から見渡すという守り ―

②【生き方・考え方】

40代になって、
感情に振り回されることが増えた気がします。

仕事のやり取り。
家族の言葉。
終わりのない情報の波。

すぐに反応し、
すぐに気持ちが揺れる。

そんな自分に疲れてしまう日もあります。

けれど江戸の町づくりには、
“高い場所から見渡す”という守りの思想がありました。

今回の舞台は、愛宕神社。

一段上から見るということ。
それは、感情に巻き込まれないための配置でもあります。

高所に置かれた祈り

愛宕神社は、江戸の町を見渡す高台に建てられました。

火伏せの神として信仰を集め、
災いから町を守る存在だったといわれています。

火は、勢いよく広がるもの。

だからこそ、
高い場所から全体を見渡し、
早く気づく。

俯瞰とは、
未然に防ぐための視点でもありました。

暮らしの中の“火”とは何でしょう。

怒り。
焦り。
不安。

感情もまた、
小さな火種から広がります。

だからこそ、
一段上から眺める場所を持つ。

それが40代の守りになるのかもしれません。

俯瞰するという習慣

出来事の渦中にいるとき、
私たちはどうしても近視眼的になります。

「どうしてこんなことを言われたのだろう」
「なぜ私ばかり」

けれど一歩引いてみると、
景色は少し変わります。

相手にも事情があったのかもしれない。
今日は自分が疲れているだけかもしれない。

俯瞰とは、
冷たくなることではなく、
距離を整えること。

高台に立つように、
感情と自分のあいだに空間をつくる。

それだけで、
火は広がりにくくなります。

情報との距離、人との距離

40代は、情報過多の世代でもあります。

ニュース。
SNS。
絶え間なく流れる他人の暮らし。

すべてを真正面から受け止めていたら、
心が休まりません。

愛宕神社の石段を上るように、
少しだけ上へ。

・通知を減らす
・見る時間を決める
・距離を置く人を選ぶ

それは拒絶ではなく、
配置替え。

人間関係も同じです。

近づきすぎると、
摩擦は起きやすい。

少し離れてみると、
ちょうどよい温度が見えてきます。

一段上から見渡す暮らし

高所に立つと、
細部は見えにくくなります。

でも、全体が見える。

40代の暮らしも、
細かな正解を探し続けるより、
全体のバランスを見るほうが軽やかです。

今日の出来事は、
人生全体から見ればどんな位置にあるだろう。

この悩みは、
一年後も同じ重さだろうか。

問いを持つことで、
視点が少し上がります。

愛宕の丘は、
「すぐ反応しない」という知恵を教えてくれているのかもしれません。

火伏せとは、
感情の延焼を防ぐこと。

俯瞰とは、
自分を守るための高さ。

40代は、
増やすよりも整える。

近づきすぎたものを、
ほんの少し離してみる。

視点を変えると、
暮らしは思っているより軽くなります。

今日の問い

・今、巻き込まれている感情はないだろうか
・それを一段上から見ると、どんな景色に変わるだろう
・少し距離を置ける情報や関係はあるだろうか

高く上ることは、
遠くへ行くことではありません。

ただ、
立ち位置を変えるだけ。

次回は、北斗七星の配置が示す
“つながりの距離”について考えていきます。

静かに、ひとつ上の視点を持ちながら。
今日も、整えていきましょう。

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