40代からの「クローゼットをひらく暮らし」第3回 出る・出ないは、選んでいい ― すべてを開けなくてもいい暮らし ―

②【生き方・考え方】

40代になって増えた「正直に生きたい」という気持ち

40代になってから、「もっと正直に生きたい」と思う瞬間が増えました。
無理に合わせすぎなくてもいいのではないか。
本音を大切にしてもいいのではないか、と。

けれど同時に、こんな迷いも生まれます。

本音を出すなら、全部さらさないといけないの?
中途半端に隠している私は、不誠実なのだろうか?

“クローゼットをひらく”という言葉には、どこか強さがあります。
けれど本音との向き合い方は、そんなに単純ではありません。

カミングアウトは「全部出すこと」ではない

カミングアウト=すべてをさらすこと。
そんなイメージを持っていないでしょうか。

でも本音は、白か黒かではありません。

言えることもあれば、
まだ言葉にできないこともある。
今日は出せても、明日は出せないこともある。

それは弱さではなく、とても自然なこと。

出る・出ないは、二択ではなくグラデーション。
40代の私たちは、その“あいだ”を選んでいいのです。

グラデーションという選択肢

たとえば、

・一部だけ話す
・ニュアンスだけ伝える
・今は黙っておく
・場によって言葉を変える

こんな選択も、立派な自己表現です。

ドアを全開にするだけが「ひらく」ではありません。
少しだけ隙間をつくることもできる。

グラデーションを許したとき、心はずっと自由になります。

本音を出すときに必要なのは「勇気」より「安全」

40代になって気づいたのは、
本音を出すには勇気よりも安全が必要だということ。

否定されない。
笑われない。
切り捨てられない。

そう思える場所で、ほんの少しだけ開けてみる。

全部でなくていい。
数センチでいい。

その小さな経験が、「出しても大丈夫かもしれない」という安心を育てます。

家庭では言えること、外では言わないこと

家庭では話せる。
でも職場では言わない。

友人には話せる。
でも親には言わない。

それは裏表ではありません。
自分を守るための、成熟した選択です。

40代まで生きてきた私たちは、
場に合わせ、役割を果たし、関係を壊さないよう調整してきました。

それは弱さではなく、高度な社会性。

だからこそ今、「誰に、どこまで」を自分で選び直すことが大切なのです。

自己一致は“全部出すこと”ではない

大切なのは、全部さらせるかどうかではありません。

「これは私が選んだ」

そう思えるかどうか。

誰に。
どこまで。
どんな言葉で。

自分で決められるとき、心は静かに一致します。
それが、40代からの自己一致。

すべてを開けなくてもいい暮らし

クローゼットは壊すものではありません。
閉じたままでもいいし、少しだけ開けてもいい。

今日は閉じる。
明日は少し開ける。

その自由があると知ったとき、
本音は敵ではなくなります。

40代からの「ひらく」は、全部を出すことではなく、扱いを選び直すこと。

出る・出ないは、選んでいい。
すべてを開けなくてもいい。

その柔らかな選択が、
これからの私時間を、より心地よいものにしてくれるのだと思います。

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