「効率化の先で、私たちは何を失ったのか― 40代から取り戻す“創造の余白”」第1回|なぜ「効率的」なのに、心がすり減るのか

②【生き方・考え方】

40代からのライフスタイルに広がる「効率化の違和感」

40代に入ってから、
「ちゃんと効率よくやっているはずなのに、なぜか疲れる」
そんな感覚を覚えることが増えました。

家事も仕事も、便利なツールや仕組みが整い、
無駄は減っているはず。
それなのに、心のどこかが落ち着かない。

この違和感は、体力の問題だけではなく、
“効率化が進みすぎた暮らし”そのものから来ているのではないかと、
最近感じるようになりました。

「効率的=正しい」という思い込み

私たちは長い間、
・早く終わらせる
・無駄を省く
・最短ルートを選ぶ

こうした価値観が「良いこと」だと教えられてきました。

もちろん、効率化そのものが悪いわけではありません。
けれど40代になると、
効率を優先しすぎることで、

・考える余裕がなくなる
・感じる時間が減る
・試してみる気力が湧かない

そんな変化が、静かに積み重なっていくように感じます。

「こなすこと」はできているのに、
「満たされる感覚」が残らない。
それが、40代特有の疲れの正体かもしれません。

効率化が奪っていく“見えないもの”

効率を追い求める暮らしでは、
行動は洗練されていきますが、
同時に、目に見えないものが削られていきます。

・立ち止まって考える時間
・遠回りの中で得られる気づき
・失敗から学ぶプロセス

こうしたものは、数字では測れません。
けれど本来、
暮らしや人生の深みをつくっているのは、
こうした「非効率」に見える部分なのではないでしょうか。

40代は、
これまでのやり方をそのまま続けるだけでは、
心が追いつかなくなる年代。

だからこそ、
効率一辺倒の価値観を、
一度そっと見直す時期に来ているのだと思います。

「創造性」は特別な人のものではない

ここで言う創造性とは、
何かを生み出す才能のことではありません。

・自分なりのやり方を考える
・小さな工夫を楽しむ
・今の自分に合う形を選び直す

そうした日常の中の感覚も、立派な創造性です。

けれど、
分刻みのスケジュールや、
常に評価される環境の中では、
この創造性は発揮されにくくなります。

効率を最優先する暮らしは、
知らないうちに、
私たちから「考える自由」を奪ってしまうのです。

このシリーズでお届けしたいこと

今回から、全3回にわたって
「効率化と創造性の関係」について書いていきます。

第1回となる今回は、
なぜ40代になると
「効率的なのに苦しい」と感じるのか、
その入口を見つめました。

次回は、
効率化が創造性を阻害する
具体的なメカニズムについて。

そして最終回では、
40代からの暮らしに取り入れたい
“創造のための非効率”について、
実践的な視点でまとめていく予定です。

心地よい暮らしは、余白から生まれる

すべてを最適化しなくてもいい。
完璧に効率的でなくてもいい。

少し立ち止まり、
考え、感じる余白を残すこと。

それは、
自分の人生にもう一度手触りを取り戻すことでもあります。

40代からの私時間は、
効率では測れない価値を、
大切にしていきたいですね。

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