“整っている日常”に、もっと目を向けたい。ミスや不祥事の影にある、静かな誠実さに気づく暮らし

気づき

テレビやネットのニュースを見ていると、学校での不祥事、企業の不備、接客トラブルなど、「問題」ばかりが目につくことがあります。

もちろん、それらの課題が報じられることも必要です。 でもふと、思ったのです。

「それって、本当に“全体像”なのかな?」

実際には、ほとんどの先生は日々ていねいに子どもたちと向き合っていて、多くの企業も、誠実に商品を作り届けようとしている。 お店のスタッフも、ミスのないように、笑顔で一日を終えることに集中している。

私たちはつい、「目立つ1つの失敗」や「悪目立ちした対応」に心を奪われがちですが、本当は、見えないところで、静かに真面目に仕事をしている人たちが圧倒的に多いはず。

40代になった今、視点を選び直す

若いころの私は、どちらかというと周りに話していました。何か“変だな”と感じたときに、すぐに友人や家族にそのことを伝えて、意見を求めていたのです。

でも、40代になって、自分の暮らしを整えていく中で、「見るもの・信じるものは自分で選ぶ」という考えが、心に根づいてきました。

誰かの失敗にフォーカスするのではなく、毎日きちんと回っているシステムや人の存在に、もっと意識を向けたい。

「整っている」のに、気づかない私たち

・駅の改札が毎日正常に動く
・学校に行けば先生がいて授業が進む
・コンビニで温かいごはんが買える
・郵便物が無事に届く
・バスや電車が時刻表通りに運行される

こうした「整っている日常」は、あまりにも“当たり前”すぎて、私たちは感謝を忘れてしまいがちです。 でも、その“当たり前”を支えてくれている人がいるからこそ、私たちはスムーズに毎日を過ごせる。

少しでもミスがあれば声を上げるのに、何も問題が起こらなければ“何も言わない”のが現代かもしれません。

ネガティブより、静かな誠実に光を当てたい

失敗に注目するのではなく、日々を“淡々ときちんと”こなしている人たちに感謝する目を持ちたい。 そして、子どもにもそんな視点を伝えていけたら——と思います。

「目立たないけれど、大切なこと」
それは、暮らしの中の多くを占めているのです。

心を整える視点の持ち方

毎日完璧じゃなくても、誰かが誰かのために働いている。
大きな事件がなくても、誰かが整えてくれている。

そんな“9割の快適さ”や“滞りのなさ”に気づき、小さくても「ありがとう」の気持ちを持てるような自分でいたい。

心を整えるとは、外側の環境だけでなく、内側の“受け止め方”を選び直すことなのかもしれません。

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