40代になってから、このブログのタイトルにもあるように、「私時間」と「心地よい暮らし」を意識するようになりました。
ただ毎日をこなすのではなく、自分の心と体に丁寧に向き合いながら、少しずつ“整える”ことの大切さを感じています。
けれど、どんなに暮らしを整えても、なぜか心の奥に“ずっと力が入っている感じ”が残っていました。
その理由に気づいたのは、「私が全部やらなきゃ」と思い込んでいた自分と向き合ったときでした。
「私がやらなきゃ」に縛られていた日々
家族が仕事や勉強で忙しいのはわかっている。
だからこそ、「私がやらなきゃ」と思って、いつの間にか何でも一人で抱えるようになっていました。
買い物、食事の準備、片づけ、各種の手続きや予定の調整まで。
気づけば、生活の“回し役”を全部自分が担っていて、それが当然になっていたのです。
「誰かに迷惑をかけたくない」
「自分のほうが早くて確実」
そう思って、どんどん自分を追い込んでいたのかもしれません。
「お願いしてもいい?」がくれた心の余白
ある日、時間も心も余裕がなく、本当にどうにもならない日がありました。
そんなとき、家族のひとりが「これ、どうするの?」と声をかけてくれたのです。
いつもなら、つい「大丈夫、やっておくよ」と口にしていたのですが、
その日はふと、こんなふうに言ってみました。
「お願いしてもいい?」
たった一言なのに、口に出すのには少し勇気がいりました。
けれど、返ってきたのは、あっけないほどシンプルな「いいよ」という言葉でした。
その瞬間、胸の奥にあった張りつめた気持ちがふっとほどけて、心がとても軽くなったのを覚えています。
「頼ること」は「信じること」
それ以来、少しずつ「頼ること」ができるようになりました。
お願いすること、任せること—。
最初は「申し訳ないな」「面倒をかけてないかな」と思っていたけれど、
回数を重ねるごとに、その気持ちはやわらいでいきました。
むしろ、頼ることで家族との距離が近くなったように感じたのです。
「頼る」という行為は、相手を信じること。
自分一人が頑張る関係ではなく、お互いに支え合える関係を築いていくこと。
それが、本当の意味での「心地よい暮らし」につながっていくのだと、ようやく実感するようになりました。
頼ることは、自分を整えること
40代になって、ようやくわかってきたことがあります。
がんばることも大事だけれど、頼ることも同じくらい大切。
一人で全部抱え込まず、誰かに「お願いしてみる」「任せてみる」——
それは決して甘えではなく、暮らしを整えるための“前向きな選択”です。
人に頼ることで、自分の心に余白が生まれ、その余白があるからこそ、
日々にゆとりを持って、周りの人にもやさしくなれる。
「頼ること」は、自分を整えることなんだと、心から思えるようになりました。
「ひとりで頑張らない私」も、大切に
もし今、何でも自分ひとりで頑張ってしまっているなら。
少しだけ立ち止まって、自分の心に問いかけてみてください。
「本当は、誰かに頼りたいと思っていない?」
そんなときは、小さな“お願い”から始めてみてください。
その一歩が、家族や大切な人との新しい信頼関係を育てるきっかけになるかもしれません。
40代の暮らしは、「私が全部やる」ではなく、「一緒に整えていくこと」。
“頑張りすぎない私”も、今の私にとって大切な存在です。
自分にも、家族にも、少しやさしくなれる毎日を、大切にしていきたいですね。

