40代になってから、
効率よく回っているはずの毎日の中で、
ふと立ち止まる瞬間が増えました。
時間は管理できている。
やるべきことも、ちゃんと終わっている。
それなのに、
「今日、何かを味わっただろうか」
そんな問いが、心に残る日があるのです。
第1回では、
効率化が心をすり減らす理由を見つめました。
第2回では、
効率化が創造性を奪うメカニズムを整理しました。
最終回となる今回は、
では、40代の暮らしの中で
私たちは何を選び直せばいいのか。
効率の対極にある
「非効率」という選択を、
現実的な暮らしの中に落とし込んでみたいと思います。
完全効率化をやめる勇気
効率化そのものが、悪いわけではありません。
問題なのは、
すべてを効率で測ろうとすること。
・早いか
・無駄がないか
・成果につながるか
この物差しだけで暮らしていると、
心が動く瞬間や、思考が遊ぶ余地は
少しずつ削られていきます。
40代になると、
「これ以上、削らなくてもいいのでは?」
そんな感覚が芽生えてきます。
完全に最適化された暮らしより、
少し不完全な余白がある暮らしのほうが、
自分らしく呼吸できる。
効率を手放すことは、
怠けることではなく、
自分の感覚を信じ直す勇気なのだと思います。
「ムダ」に見える時間が、心を整える
効率の視点で見れば、
・目的のない散歩
・ぼんやり考える時間
・結論の出ない思考
これらはすべて「ムダ」に見えます。
けれど、
創造や回復が起こるのは、
たいていこうした時間の中です。
歩いているうちに、
ふと気持ちが整ったり。
何も決めずに考えていたら、
本音が浮かび上がってきたり。
非効率な時間は、
何かを「生み出す」ためというより、
自分に戻るための時間。
40代の私たちにとって、
この感覚はとても大切になってきます。
成果ではなく、プロセスを味わうという感覚
若い頃は、
結果がすべてだったかもしれません。
・うまくいったか
・役に立ったか
・評価されたか
けれど40代になると、
「どう過ごしたか」
「どんな気持ちだったか」
が、暮らしの質を大きく左右します。
プロセスを味わうとは、
効率を捨てることではなく、
途中にある感覚を無視しないこと。
急がなくてもいい。
すぐに答えを出さなくてもいい。
そう許したとき、
思考は再び柔らかさを取り戻します。
暮らしの中の“小さな非効率”の例
非効率は、
特別なことを始めなくても、
日常の中に取り入れられます。
たとえば―
・目的を決めない散歩
何かを達成しなくていい時間。
・手書きで考える時間
スピードは遅いけれど、思考は深くなる。
・すぐ答えを出さない余白
結論を急がず、いったん保留にする。
・効率を測らない趣味
上達や成果を気にしない楽しみ。
どれも、
「やらなければならないこと」ではありません。
ほんの少し、
効率の手を緩めるだけで、
暮らしの質は変わり始めます。
非効率は、40代の私時間を取り戻す鍵
40代からの私時間は、
何かを増やす時間ではなく、
削りすぎたものを戻す時間。
効率化の先で失ったのは、
時間そのものではなく、
時間の中にあった感覚だったのかもしれません。
非効率を選ぶことは、
人生を後退させることではなく、
自分のペースを取り戻すこと。
明日から、
すべてを変える必要はありません。
ただ一つ、
「今日は少し、急がなくていい」
そう思える瞬間をつくる。
それだけで、
創造の余白は、静かに戻ってきます。
効率の先にあったのは、
もっと人間らしい暮らしだった。
40代からの心地よい暮らしは、
その余白の中で、ゆっくり育っていくのだと思います。
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