台所で深呼吸する。スパイスを挽くという整え方 ― 道具の選び方から、粗挽き・細挽きの使い分けまで

②【食】

40代になってから、料理に「効率」だけを求めなくなりました。早く終わらせることより、自分の感覚が戻ってくること。そのきっかけになったのが、スパイスを挽く時間です。

ホールスパイスをミルに入れて、くるくると回す。それだけの動作なのに、立ち上がる香りで、呼吸が変わる。スパイスを挽くことは、料理の下ごしらえであると同時に、自分を整える前の、小さな準備のように感じています。

挽いた瞬間が、いちばん香る

スパイスの香りは、粉になった瞬間から、少しずつ逃げていきます。市販のパウダーが悪いわけではありません。ただ、香りのいちばんいいときは、もう過ぎているのです。

スパイスの香りは、空気に触れると少しずつ蒸発していく精油成分によるものです。粉にすると表面積が一気に増えるので、香りが早く逃げていきます。反対に、ホールのままなら、硬い殻や皮が香りを閉じ込めてくれる。ホールスパイスが長持ちするのは、そのためです。

ホールスパイスを挽くと、眠っていた精油成分が一気に立ち上がり、台所の空気が変わります。胡椒、クミン、コリアンダー、フェンネル。どれも挽きたては、驚くほどやさしく、立体的な香りがします。強いのではなく、澄んでいる。40代の体が心地よく感じるのは、この刺激の少ない鮮やかさなのだと思います。

どの道具を選ぶか

挽いてみたいと思っても、道具で迷うかもしれません。主な選択肢は4つです。

道具向いているもの特徴
ミル付きの瓶最初の1本に買ったその日から使える
手動のスパイスミル黒こしょう、クミン粗さを調整しやすい
電動ミル量が多いとき速いが、音が大きい
乳鉢(すり鉢)カルダモン、少量香りがいちばん立つ

いちばん手軽なのは、スーパーでも売られている、ミルの付いた瓶です。とくに黒こしょうは、あらかじめ挽いてある粉と挽きたてとで、同じものとは思えないほど違います。最近は岩塩やクミンなど、いろいろな種類が出ています。挽くことを試してみるなら、ここからがいちばん気軽です。

手動のスパイスミルは、粗さを調整できるのがいちばんの利点です。セラミックの刃のものが多く、金属のにおいが移りにくいとされています。黒こしょう専用のペッパーミルのほか、クミンやコリアンダー、フェンネルも挽ける汎用のものもあります。ただ、シナモンスティックやナツメグのような硬いスパイスは、ミルによっては挽けないことがあるので、買う前に確かめてください。

電動ミルは、カレーのスパイスを一度にたくさん挽くようなときには、とても速く便利です。ただ、音が大きく、数秒で細かくなりすぎることもあり、洗いにくいものもあります。コーヒーミルで代用する方もいますが、香りが混ざるので、スパイス専用にするのがおすすめです。

そして、私がいちばん好きな道具が、乳鉢です。刃で切るのではなく押しつぶすので、香りがよく出るといわれています。「もう少し粗く」という加減も、手の感覚で決められます。音が静かなのも、意外と大切なところで、朝早い時間でも気兼ねなく使えます。ごりごりという音そのものが、心を落ち着けてくれる気もします。

どれを選べばいいか迷ったら、まずはミル付きの黒こしょうから。「挽きたてって、こんなに違うんだ」と実感できるはずです。続きそうだと思えたら、乳鉢か手動のミルをひとつ。いきなり電動を買う必要はありません。続くかどうか分からないものに、最初から投資しなくていい。それが、40代からの道具選びだと思っています。

Epare 2in1 ペッパーミルEpare(エパーレ)2in1 ペッパーミル 手動 粗さ調節可能

ホールで買うもの、パウダーでいいもの

挽きたてがいいと聞くと、すべてをホールでそろえたくなります。でも、それは現実的ではありません。手間がかかりすぎて、続かなくなってしまうからです。

違いがはっきり分かるのは、黒こしょう、クミン、コリアンダーシード、カルダモンの4つです。黒こしょうはいちばん差が出るので、まずはここから。クミンも、挽きたては驚くほど香りが立ちます。コリアンダーシードの柑橘のような爽やかな香りは、パウダーにするとほとんど残りません。カルダモンは、さやを割った瞬間の香りが格別で、乳鉢で軽くつぶすだけでも十分です。

反対に、無理にホールにしなくていいものもあります。ターメリックは根なので家庭では挽きにくく、香りより色を使うことが多いので、パウダーで十分です。パプリカも、同じく色を使うスパイスです。シナモンのスティックは硬く、家庭用のミルでは挽けないことが多いので、スティックはそのまま煮出し、粉が必要なときはパウダーを使います。ジンジャーは、生のものかパウダーで。

すべてをそろえる必要はありません。黒こしょう、クミン、コリアンダー。この3つがホールであるだけで、料理はずいぶん変わります。

カレーや煮込みによく使うホールスパイスを一度に試してみたいなら、少量ずつのセットも便利です。カルダモン、クローブ、シナモン、ベイリーフ、スターアニスの5種類がそろっていて、使い切りやすい量なのもうれしいところです。

基本のホールスパイス5点セット基本のホールスパイス5点セット カルダモン クローブ シナモン ベイリーフ スターアニス

乾煎りという、ひと手間

特別な技術はいりませんが、ひと手間かけるだけで、香りがまったく違ってきます。熱を加えると香りの成分が引き出され、水分も飛んで挽きやすくなるのです。とくにクミンとコリアンダーは、乾煎りすると別物になります。

  1. フライパンにスパイスを入れます。油はひきません
  2. 弱火にかけます。中火以上にすると、すぐに焦げてしまいます
  3. フライパンを軽く揺すりながら、1〜2分、全体に熱を回します
  4. ふわっと香りが立ち上がった瞬間に、火を止めます。色が変わるまで待たないことが、いちばん大切です
  5. すぐにお皿に移します。フライパンに残しておくと、余熱で焦げてしまいます
  6. 完全に冷めてから挽きます。温かいままだと、ミルの中に湿気がこもります

いちばんのコツは、早すぎるくらいで止めることです。「もう少しいけるかな」と思ったら、たいてい焦げます。スパイスは焦げると苦みが出て、その苦みは取り除けません。

カルダモンやナツメグのような大きい粒は、軽く砕いてから挽くと、均一に仕上がります。カルダモンは、さやを開いて中の種だけを使うと、香りがより繊細になります。

粗挽きと細挽きを、使い分ける

スパイスは、挽き方で料理の印象が大きく変わります。

粗挽き(1〜2mm)細挽き(0.5mm以下)
香り方あとから立ち上がる全体に均一に香る
特徴食感が残り、アクセントになるコクが出て、なじみがいい
向く料理ステーキ、グリル、サラダ、仕上げカレー、煮込み、漬け込み
向くスパイス黒こしょう、クミン、フェンネルコリアンダー、ターメリック

粗挽きは、香りが点で届きます。噛んだ瞬間に粒が壊れて香りが出るので、あとから立ち上がるのです。細挽きは、香りが面で広がります。全体に溶け込んで、料理の土台になります。

どちらが正解ということはなく、どう食べたいかで選べばいい。それだけで、料理がぐっと自由になります。迷ったら、仕上げに使うなら粗挽き、煮込むなら細挽き。この目安で、だいたい判断できます。

私の、挽き方と料理の組み合わせ

ドライキーマカレーには、クミンとコリアンダーをやや粗挽きにして使います。香りがあとから立ち、重くなりません。細かく挽きすぎると、かえって味がぼやけると感じています。

鶏のグリルには、黒こしょうを粗挽きにして、焼き上がりにかけます。焼く前ではなく、焼き上がりにかけるのがポイントで、噛んだ瞬間に香りが広がります。

野菜のスープには、コリアンダーを細挽きにして。全体にやさしくなじみ、主張しすぎないところが、スープには合っています。

蒸し野菜や温野菜には、クミンを粗挽きにしてぱらりと。塩とオリーブオイルだけの野菜が、一気にエスニックな一皿になります。

「今日は軽くしたい」「今日は満足感がほしい」。その日の気分を、スパイスが受け止めてくれるのです。

挽きたては、作り置きしない

自家製のパウダースパイスは、香りが命です。だから私は、まとめて挽くことはしません。必要な分だけ挽いて、余っても無理に使い切ろうとはしない。もし保存するなら、密閉して冷暗所に。長く置くなら冷凍庫に入れると、香りの劣化を遅らせることができ、凍ったまま使えます。

ホールスパイスは、パウダーよりずっと長持ちします。目安は、ホールで1〜2年、パウダーで6か月から1年ほどです。直射日光と熱を避け、しっかり密閉して保存します。よく使うからとコンロの横に置いている方は多いのですが、熱で香りが早く失われてしまいます。

それでも、管理しすぎないことも大切だと思っています。「使い切らなきゃ」と思うと、料理が義務になってしまう。香りが弱くなったら、それはそれ。管理しすぎないことが、台所を軽くしてくれました。

挽く時間が、くれるもの

スパイスを挽く時間は、何かを足すための時間ではなく、余計なものを落とす時間です。香りを感じて、手を動かして、今ここに戻る。

正直に言えば、市販のパウダーを使うほうが早いのです。ミルを回す時間も、洗う手間もいりません。それでも、その数分が私には必要なのだと気づきました。朝、台所に立って、ミルを回す。香りが立ち上がる。それだけで、呼吸が深くなります。

スパイスを挽いているとき、私はスマホを見ません。手がふさがっているからでもありますが、何より、香りに集中していたいのです。一日のうちに、そういう時間がひとつあるだけで、気持ちの持ちようが少し変わります。

まずは、黒こしょうから。ミル付きの瓶をひとつ買って、挽きたてを試してみてください。それだけで、違いが分かります。その先は、続けたくなったときに考えればいいと思います。

40代からの料理は、上手くなることより、心地よくあること。スパイスを挽くという行為は、そのための、とても静かな整え方なのだと思います。今日の夕食に、ひと挽き。台所の空気が、少し変わるかもしれません。

※本記事は一般的な情報のご紹介です。スパイスにアレルギーのある方は、原材料をご確認ください。持病のある方、服薬中の方、妊娠中・授乳中の方は、特定のスパイスの多量摂取について医師にご相談ください。とくにナツメグは、多量に摂ると体調不良を起こした報告があります。料理に使う程度の量にとどめてください。

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