世界のお弁当文化をめぐる旅 ― 10か国の”持ち運ぶごはん”に宿る、暮らしの知恵

②【食】

日々の暮らしの中で、心と体をやさしく満たしてくれるもの。そのひとつが、お弁当です。忙しい日でも、ふたを開けるとほっとする小さな箱には、自分を大切にする気持ちが詰まっています。

実はこのお弁当という文化は、日本だけのものではありません。世界には、その土地の気候や暮らし方、食文化がぎゅっと詰まった「持ち運ぶごはん」があります。今回は、そんな世界のお弁当をめぐりながら、40代からの丁寧で心地よい暮らしに思いを馳せてみたいと思います。

日本 ― 彩りと心を詰める「お弁当」

日本のお弁当は、色とりどりで、栄養のバランスを考えたさまざまなおかずが詰められています。玉子焼きや焼き魚、旬の野菜のおひたしなど、素材の味を活かしたやさしい味わいが魅力です。最近では、キャラクターをかたどったキャラ弁や、旅先で楽しむ駅弁、忙しい日の味方になる作り置きのお弁当も人気です。日本の「BENTO」は海外でも親しまれ、機能的な弁当箱のデザインも注目されています。

世界のお弁当と比べると、日本のお弁当には際立った特徴があります。冷めてもおいしいことを前提につくられている、という点です。多くの国のお弁当は、温め直して食べるか、もともと冷たい料理です。けれど日本のお弁当は、冷めた状態でおいしく食べられるように工夫されています。冷めてもおいしいお米を選び、おかずは味を少し濃いめにして、汁気を切って詰める。この「冷めても」という発想は、世界でも珍しいのだそうです。

インド ― 家族の味を職場へ届ける「ティフィン」

インドのムンバイでよく見かけるティフィンは、段を重ねたステンレス製のお弁当箱です。ごはんやカレー、いくつものおかずが混ざらないよう工夫されていて、家庭の味をそのまま届ける役目を担っています。

さらに驚くのが、ダッバーワーラーと呼ばれる配達人の仕組みです。家でつくられたお弁当を職場まで届け、食べ終わった容器をまた家に戻す。この仕組みは、100年以上続いています。ダッバーワーラーには、読み書きが得意でない人も少なくないといわれ、お弁当箱には色や記号で行き先が書かれています。それを頼りに、電車と自転車を乗り継いで届けていくのです。毎日20万個ほどのお弁当が運ばれているといわれ、届け間違いがとても少ないことでも知られています。

朝、家でつくられたお弁当が、昼には職場に届き、夕方には空の容器が家に戻る。「家族のつくったごはんを食べたい」という願いが、100年続く仕組みを支えているのだと思うと、胸を打たれます。

韓国 ― 振って混ぜる「トシラク」

お隣の韓国にも、独特のお弁当の文化があります。トシラクと呼ばれるお弁当は、日本とは楽しみ方が違います。

昔ながらの韓国のお弁当箱は、アルミの四角い容器が定番でした。ごはんの上にキムチや目玉焼き、のり、ナムルなどをのせて、ふたを閉め、両手で持ってしゃかしゃかと振る。そして、混ぜて食べる。これが「振りお弁当」と呼ばれる食べ方です。

日本のお弁当が、仕切ってそれぞれの味を楽しむのに対して、韓国は、混ぜてひとつの味にする。発想が正反対なのが、とても面白いところです。これは、ビビンバの文化とつながっています。韓国の料理には、混ぜることで完成するという考え方があり、素材それぞれの味より、混ざり合ったときの調和を大切にします。お弁当ひとつにも、その国の食の考え方があらわれているのだと感じます。

タイ ― 重ねる美しさ「ピントー」

タイのピントーは、段を重ねたランチ容器です。日本の弁当や提重(さげじゅう)が由来だという説もあります。

ピントーが段重ねになっているのには、理由があります。ごはんとカレー(ゲーン)、おかずを、それぞれ別の段に入れる。そうすると、汁気の多い料理でも混ざらず、傷みにくいのです。高温多湿の熱帯では食べものが傷みやすいからこそ、生まれた工夫です。ステンレスやほうろうのものが多いのも、洗いやすく、清潔に保てるからです。

気候が、お弁当箱の形を決めている。そう考えると、道具の見え方が変わってきます。

ブータン ― 自然と調和する竹かご「バンチュン」

ブータンでは、竹で編んだ二重のかご型のお弁当箱が使われてきました。風通しがよく、軽くて持ち運びやすい容器で、食べるときは、ごはんを手で丸めていただく習慣もあります。

山の多いブータンは、竹がたくさん採れる土地です。軽くて丈夫で、編めば風が通って蒸れにくい。そして何より、壊れても土に還ります。その土地にあるものを使い、自然に返す。サステナブルという言葉が生まれるずっと前から、当たり前に行われてきたことです。

主食の赤米を、この竹かごに詰めて持ち歩く。シンプルだけれど、必要なものはすべてそろっている暮らしが、そこにあります。

アメリカ ― シンプルな自由「ブラウンバッグ」

アメリカのお弁当は、紙袋にサンドイッチや果物、スナックを入れて持ち歩くブラウンバッグが定番です。私が留学していた頃は、茶色い紙袋に入ったターキーのサンドイッチと、小さなリンゴが毎日のランチでした。飾り気はなくても、慌ただしい学生生活の中で、ほっとひと息つける私時間でした。

最近は、仕切りのついたランチャブルズや、日本のような機能的でおしゃれなランチボックスも注目されています。

ブラウンバッグの特徴は、紙袋を使い捨てることです。洗う手間も、持ち帰る必要もない。合理性を大切にする文化が、そのままあらわれています。ただ、近年は環境への意識から、繰り返し使えるランチバッグも増えてきました。便利さと持続可能性のあいだで、文化が少しずつ変わっている。そんな変化も、興味深いところです。シンプルさの中に楽しさを見つけるアメリカの文化は、心地よい暮らしのヒントになりそうです。

ヨーロッパ ― パンが主役の、軽やかなランチ

フランスでは、バゲットにチーズやハムをはさんだサンドイッチ。イギリスでも、パンを使った軽食が主流です。

イタリアには、スキアッチャータという平たいパンがあります。オリーブオイルと塩をふって焼いたパンに、生ハムやチーズをはさんで持ち歩く。シンプルだけれど、素材が良ければそれで十分という、イタリアらしい潔さを感じます。

スペインでは、じゃがいものオムレツ、トルティージャ・デ・パタタスが定番です。冷めてもおいしく、切り分けて持ち運べるので、バルでも家庭でも、遠足でも登場します。冷めてもおいしいという点では、日本のお弁当と通じる発想かもしれません。

ヨーロッパのお弁当がパン中心なのは、気候とも関係があります。乾いた気候では、パンが傷みにくい。そして、手でそのまま食べられるので、容器も食器もいりません。合理的で無駄がない、これもまた暮らしの知恵です。お弁当箱はシンプルなものや使い捨てのものが多いのですが、最近は環境に配慮した、繰り返し使える容器も増えてきました。

メキシコと南米 ― 手で持てる、力強いごはん

メキシコには、トルタというサンドイッチがあります。ボリージョというやわらかいパンに、肉や豆、アボカド、チーズ、唐辛子などをたっぷりはさんだもので、ひとつでお腹いっぱいになる、力強いランチです。タコスを包んで持ち歩くこともあります。トウモロコシのトルティーヤは、それ自体が包み紙の役目もする、とても合理的な食べものです。

南米では、具を包んで焼いたパイが、持ち運べる食事として親しまれています。ボリビアのサルテーニャや、南米の各地で食べられているエンパナーダは、肉やじゃがいも、卵、オリーブなどを包んであり、手に持ってそのまま食べられます。容器がいらない、というのも、ひとつの答えです。

こうして見ていくと、世界の持ち運ぶごはんには、2つの流れがあることに気づきます。日本やインド、タイ、韓国のように容器に詰めるものと、メキシコや南米、ヨーロッパのように包んだり、はさんだりするもの。どちらが優れているということではなく、その土地の主食が何かによって、自然と形が決まっていったのだと思います。

弁当箱の素材は、気候が決める

ここまで見てきて、もうひとつ面白いことに気づきます。お弁当箱の素材が、国によってまったく違うのです。そして、それにはちゃんと理由があります。

素材主な国選ばれた理由
ステンレス、アルミインド、韓国、タイ高温多湿。洗いやすく、清潔に保てる
竹、木ブータン、日本(曲げわっぱ)たくさん採れる。風が通り、蒸れにくい
紙(使い捨て)アメリカ合理性を重視。洗う手間がない
プラスチック世界共通(現代)軽くて安く、たくさんつくれる

日本の伝統的なお弁当箱、曲げわっぱにも、素材の理由があります。杉やヒノキの薄い板を曲げてつくられたこの容器は、余分な水分を吸ってくれます。ごはんがべたつかず、冷めてもおいしい。木の香りも、ほんのり移ります。湿度の高い日本の気候に、よく合った素材だったのです。

今の私たちは、どんな素材のお弁当箱でも選ぶことができます。だからこそ、なぜその素材なのかを知っておくと、選び方が変わってきます。汁気の多いおかずが多いならステンレスやガラス、ごはんをおいしく食べたいなら曲げわっぱのような木のもの、軽さと洗いやすさを大切にするならプラスチック、温かいまま食べたいなら保温のできるスープジャー。気候の知恵を、暮らしに借りる。そんな選び方も、素敵だと思います。

日本のお弁当は、いつ生まれたのか

最後に、日本のお弁当の歴史を少しだけたどってみます。

日本で持ち運ぶ食事が記録にあらわれるのは、平安時代とされています。当時は屯食(とんじき)と呼ばれ、おにぎりのようなものだったようです。旅や狩り、農作業のときに持ち歩く。これが、お弁当の原型です。

「弁当」という言葉が使われるようになったのは、安土桃山時代といわれています。語源には諸説あり、中国の言葉で「便利なもの」を意味する「便當」から来たという説がよく知られています。この頃から漆塗りの弁当箱がつくられ、花見や茶会で使われるようになりました。

お弁当が広く親しまれるようになったのは、江戸時代です。芝居の幕あいに食べる幕の内弁当が生まれたのも、この頃。旅の携帯食としても定着していきました。明治時代になると、鉄道が通るとともに駅弁が誕生します。一方で、勤め人が腰にお弁当を下げて通う姿から、「腰弁(こしべん)」という言葉も生まれました。

そして近年、日本のお弁当は「BENTO」として世界に広がっています。きっかけのひとつは、フランスで起きたお弁当のブームでした。小さな箱に、彩りよく詰める。その発想が、まるでアートのように受け止められたのです。栄養のバランスがよく、量を調整しやすく、何より見た目が美しい。パリにはお弁当の専門店も生まれ、「BENTO」という言葉が、そのまま通じるようになりました。

なぜ、日本のお弁当は世界を惹きつけたのでしょうか。私は、「詰める」という行い、そのものにあると思います。誰かのために朝早く起きて、彩りを考えながら詰める。その時間に込められた気持ちが、箱を開けたときに伝わる。それは、料理を超えた贈りもののようなものなのかもしれません。

気候が形を決め、心が中身を決める

世界のお弁当は、それぞれの土地の暮らし方や食の知恵が詰まった、かけがえのない暮らしの一部です。彩りを大切にする日本、家庭の味を届け合うインド、混ぜて味わう韓国、自然と調和するブータン、シンプルな自由を楽しむアメリカ。どの文化にも、誰かのために用意する、自分を整えるという、やさしい心が宿っています。

10の国や地域をめぐって見えてきたのは、お弁当の形を決めるのは気候と土地で、中身を決めるのは心だ、ということでした。ステンレスでも、竹かごでも、紙袋でも、そこに込められているのは「今日も元気で」という願い。それは、国を越えて同じなのだと思います。

忙しい毎日に、ふと立ち止まりたくなったとき。お弁当のように、少しだけ丁寧な時間をつくることで、心と体を整えることができるのかもしれません。完璧なお弁当である必要はありません。おにぎりひとつでもいい。お気に入りの容器に、好きなものを詰める。それだけで、その日のランチが私時間に変わります。これからも、世界の暮らしの知恵を借りながら、心地よい私時間を育んでいきたいですね。

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